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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1563号 判決

控訴人が被控訴人から昭和二十七年六月二十五日金二百三十万円を弁済期同年七月二十五日の約で借り受け、かつ右債務の弁済を確保するため控訴人所有の別紙目録記載の三筆の土地に抵当権を設定し、同日東京法務局板橋出張所受附第一二二二七号をもつて抵当権設定登記がなされたこと、ならびに、右土地につき主文掲記のとおりの代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記、賃借権設定の登記、代物弁済による所有権取得の本登記がそれぞれなされていることは当事者間に争がない。

また控訴人は当初右代物弁済の予約(本件の停止条件附代物弁済契約は代物弁済の予約と認むべきこと後記のとおりである)および賃貸借契約が、前記金二百三十万円の貸金債権の弁済を確保する目的でなされ、かつ登記されたものであることを認めながら、後には、代物弁済予約および賃貸借のなされたことを否認するけれども前記代物弁済予約の仮登記ならびに賃借権設定の登記が不実になされたことの立証はないから一応右登記の原因たる契約が当事者間になされたものと認めるの外はなく、右各契約及びその登記は前記二百三十万円の貸借金の弁済確保の目的でなされたことは本件当事者双方の弁論の全趣旨によつて認められる。

ところで、前示二百三十万円の債務を控訴人が被控訴人に昭和二十七年七月二十五日弁済したことは被控訴人の認めて争わぬところである。そこで以上の事実関係からみれば、前記抵当権の設定登記、代物弁済予約の仮登記、賃借権の設定登記はすべてその目的を失い、しがつて代物弁済の本登記も原因のない無効なものとして抹消さるべきであるということになる。

よつて、被控訴人の抗弁について判断をしなければならない。

被控訴人申立による豊島簡易裁判所(昭和二十八年(イ)第二十四号事件)において昭和二十八年二月二十四日本件当事者間に和解が成立し、その和解条項はつぎのとおり記載されていること、当事者間に争がない。

(イ) 控訴人は被控訴人から借り受けた昭和二十七年六月二十五日の元金二百三十万円及び、同年八月五日の元金三十五万円の債務並びに之に対する未払利息金一万五千円、合計二百六十六万五千円の債務の存在を認める。

(ロ) 控訴人は被控訴人に対し、前記債務を次のとおり分割して被控訴人に持参支払うこと。

金八万円       昭和二十八年二月末日限り。

金八万円       同    年三月末日限り。

金八万円       同    年四月末日限り。

金二百四十二万五千円 同    年五月末日限り。

(ハ) 控訴人が被控訴人に対する前項の二百四十二万五千円を昭和二十八年五月末日の到来以前に支払つたときは、次の如く割賦の債務を免除する。

昭和二十八年二月末日までに支払つたときは、(ロ)の各八万円、計二十四万円。

昭和二十八年三月末日までに支払つたときは、(ロ)の同年三月と四月に支払うべき八万円、計十六万円。

昭和二十八年四月末日までに支払つたときは、(ロ)の同年四月末日に支払うべき八万円。

(ニ) 控訴人が被控訴人に対する(ロ)の割賦債務の支払を二回怠つたときは期限の利益を失い残債務を一時に支払うこと。

(ホ) 控訴人は被控訴人に対し、前記(ニ)の場合又は(ロ)の二百四十二万五千円の債務を支払わないときは、右債務につき、控訴人所有に係る本件宅地に対し、昭和二十七年六月二十五日東京法務局板橋出張所受附第一二二二七号にて抵当権を設定した上受附第一二二二八号をもつて債務不履行を停止条件として代物弁済とする旨の所有権移転請求権保全の仮登記を、本登記手続をなして、被控訴人にその所有権を移転すること。

但し控訴人が既に支払つた金員は返還しない。

(ヘ) 控訴人が本件債務を弁済するため、本件宅地をもつて他より金融をうける場合は、被控訴人は債務弁済と同時にその設定したる抵当権登記及び代物弁済の仮登記の抹消を承諾する。

(ト) 和解費用は各自弁のこと。

被控訴人の抗弁は、右和解条項(ホ)の「抵当権を設定した上」とあるのは改めて抵当権の設定登記をするのではなく、前になされた抵当権の登記をそのまま存続させるという趣旨である、要するに抵当権ならびに代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記は本来ならば昭和二十七年六月二十五日に控訴人が借り受けた二百三十万円の債務を弁済したことによつて抹消すべきであるが、前記和解条項(イ)の新たな債務の担保のために維持し、右債務を控訴人が和解条項にしたがつて弁済しなかつたときは被控訴人は二百六十六万五千円の債権の代物弁済として本件宅地の所有権を取得できるという趣旨である、しかるに控訴人は和解条項(ロ)に記載した昭和二十八年二月および同年三月の各末日限り支払うべき八万円計十六万円の支払を遅滞したから同条項(ニ)によつて控訴人は全債務につき期限の利益を失つた、よつて被控訴人は控訴人に対し、昭和二十八年四月四日頃口頭をもつて前示債権の代物弁済として本件宅地の所有権を取得する旨予約完結の意思表示をし、本件宅地の所有権を取得したから和解調書執行手続として和解条項(ホ)の特約により旧貸金につきなされた所有権移転請求権保全の仮登記を本登記としたのである、というのであり、控訴人はこれに対し、和解条項(ホ)が被控訴人主張のような代物弁済の合意であることは否認する、担保せらるべき債権がすでに消滅し単に形式上残存しているに過ぎない抵当権設定、代物弁済予約等の各登記を、新たに成立した和解による債務担保のために流用することは不適法である、仮りに右裁判上の和解において控訴人の主張するような代物弁済の予約がなされたとしても前記(ロ)の各八万円の支払いについてはその各履行期を少くとも四、五日猶予する旨の特約があつたところ、控訴人は昭和二十八年三月末日被控訴人の代理人内藤才市郎に十六万円を提供し、また同年四月四日被控訴人に対し直接右十六万円を現実に提供したが被控訴人は受領せず、同月十二日二百六十万円を提供したが受領を拒絶せられたので、同年五月十八日東京法務局へ和解条項(イ)に示す債務全額二百六十六万五千円を弁済のため供託した、よつて本件控訴人の債務は適法に消滅した、右の次第で控訴人には何ら遅滞の責はないから被控訴人がたとえ同年四月四日代物弁済の予約を完結する意思表示をしたとしても無効である、と再抗弁をするのである。

右の諸点について当裁判所は次のように判断する。

当事者間に登記の流用の問題が争われているが、本件における問題は物権変動の当事者のみに関し、対抗要件の有無は全く関係のない場合であるから、登記流用の有無、効力について判断する必要はない。問題は再度の物権変動の有無という実体上の理由に帰着する。すなわち本件において、もし被控訴人の主張するように裁判上の和解によつて代物弁済の予約が成立し被控訴人によつて約旨に従つた有効な予約完結の意思表示がなされたのであれば、それだけで代物弁済の結果は発生し本件宅地の所有権は被控訴人に移転し、控訴人はすでに右土地の所有者ではなくなつたのである。したがつて特段の事情のない限り控訴人は被控訴人の土地所有権取得登記の抹消を求める何らの利益を有しないといわなければならない。これに反し、もし控訴人の主張する弁済の提供ならびに供託が有効であつてこれによつて被控訴人の控訴人に対する前示二百六十六万五千円の貸金債権が消滅したものであれば、本件土地が債務の代物弁済として被控訴人の所有に帰するはずはなく、この場合は本件登記流用の有効無効にかかわりなく、被控訴人の抗弁は理由がないわけである。

そこで進んで控訴人の弁済の再抗弁について考える。

証拠によると控訴人は、本件抵当権設定登記、賃借権設定登記、代物弁済予約の仮登記によつて担保された昭和二十七年六月二十五日借受の金二百三十五万円の債務をば、同年七月二十五日現金をもつて完済したが、その後同年八月二日に金百五十万円、同月五日に金八十万円をあらたに被控訴人から借受け、期限を過ぎてもその弁済をしなかつたので、被控訴人から請求のため豊島簡易裁判所に和解の申立があつて、前記の条項で和解が成立したのであるが、その(イ)の二百六十六万五千円の債務は控訴人が二回に借受けた右元金計二百三十万円と、被控訴人が前に訴外平野敏雄に貸付けた金五万円、訴外荒井某に貸付けた三十万円の各債務を控訴人が引受けたもの計三十五万円と、右三十五万円に対する未払利息金一万五千円とを合計したものであり、また(ロ)の内三回に支払うべき各八万円は控訴人が引受けた右平野、荒井の債務元利金の一部に相当することを認め得べく、かつ原審鑑定の結果に成立に争ない乙第六号証の二を合せると本件土地の昭和二十八年二月当時の価額は千万円に近いものと認められる。

以上の事情に加えるに前記和解はその条項(ニ)に「八万円の割賦を二回怠たれば期限の利益を失い残債務を一時に支払う」旨一応控訴人に貸金そのものにつき即時履行すべき義務を課し、ついでこれとは別の条項を設け、前記(ホ)の「(ニ)の場合又は(ロ)の二百四十二万五千円の債務を支払わないときは……所有権移転請求権保全の仮登記を本登記手続をなして、被控訴人にその所有権を移転すること」と定め、なお(ホ)の末尾において「但し控訴人がすでに支払つた金円はこれを返還しない」と控訴人が貸金を返済しない場合控訴人にとつて、はなはだ不利益な定めをおくことを考えあわせ、また前記和解条項の契約は起訴前の裁判上の和解としてなされ、したがつて十分に当事者間の公平を考慮し、かつ当事者はかならず信義にしたがつて、権利を行使し義務を履行することを期待して合意されたものと解するを相当とすることに鑑みると、前記和解条項(ニ)(ホ)の趣旨は、控訴人が同条項(ロ)に定められる金八万円ずつの分割支払をとどこおること二囘分となるときは、被控訴人において残額全部一時に支払請求をすることができ、控訴人がこの請求にかかわらず支払をしないときは、本件宅地を代物弁済として取得すべき権利を行使することができるし、また(ロ)に定める金二百四十二万五千円の支払をおこたつた場合は控訴人に本件貸金の本体たる部分につき履行の誠意なきことが明らかというべきであるから直ちに代物弁済予約上の権利を行使することができるというにあると解すべきである。すなわち控訴人が右(ロ)所定の金八万円の支払を二囘おこたつた場合につき再言すれば、この場合被控訴人はただちに代物弁済予約完結の意思表示をすることができるわけではなく、いちおう控訴人に対して未払金額全部につき支払の催告をして、控訴人に右金員を調達して弁済できる機会を与え、しかる後始めて代物弁済予約の完結をなしうる趣旨といわなければならない。右和解のさい担当裁判官が単に八万円の割賦金の支払を怠つただけで直ちに代物弁済をすることの不可なるゆえんを述べたこと(この事実は前記証拠によつて認められる)もこの間の消息を物語るものといえよう。

しかるに前記各証言および本人尋問の結果によると、控訴人は本件和解による債務を履行するにつき昭和二十八年三月末日、同年二月末日に支払うべき八万円と三月末日に支払うべき八万円合計十六万円を、訴外内藤才市郎(同人が控訴人と被控訴人との間に金融のあつせんをしていたことは認められるが被控訴人の代理人と認めることはできない)に持参したがたまたま同人が不在であつたためそのままとなり、さらに同年四月四日同人方にこれを持参したが同人より直接被控訴人方に持参するよう言われたので、そのとおり被控訴人方に持参したところ、被控訴人はすでに代物弁済の本登記を同日終了したことを控訴人に告げてその受領を拒絶したことを認めるに足る。これによると被控訴人は未払金額一時支払の催告もせず、したがつて控訴人にその支払努力の時間的余裕も与えずに、しかも予約完結の意思表示もなく、所有権取得の本登記に及んだものと認めざるを得ない。被控訴人は控訴人が前記十六万円の提供をしたとき受領を拒絶してすでに代物弁済による所有権取得の登記をした旨を告げたからこれをもつて代物弁済予約完結の意思表示をしたのであると主張するけれども、右は前段説示によりおのずから明らかなように、被控訴人が予約完結のできる時期にならないのに行われたものでもとより無効というべきである。

(藤江 谷口 浅沼)

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